廃プラ処理による公害から健康と環境を守る会
牧 隆三
公調委の裁定について(見解) 2015年1月18日
2011年2月に廃プラ公害の原因裁定を申請していた公害等調整委員会(公調委)は、2014年11月19日付けで「原因裁定の申請を棄却する」と裁定しました。
公調委の裁定は、「廃プラ施設から特徴的な化学物質が排出しているが、本件各施設から排出された化学物質は,未同定の化学物質も含め、接地逆転層の発現状況にかかわらず、大気中で十分に 拡散・希釈されているものと推認される。」「本件全証拠によっても、本件各施設から排出された化学物質が住宅地に到達し、健康被害を生じさせていると認めることはできない」とするものです。
公害環境問題の権威である宮本憲一・大阪市大名誉教授は、「公調委の裁定は、疫学による調査の認識に誤りがあると思います。何よりも住民の健康と生活環境を守るという基本的な立場に欠けている」とコメントされています。
公調委の裁定について、10年間にわたり、現地調査をして頂いた科学者、住民健診をして頂いている医師の各先生方から、公調委の裁定について厳しく批判するメッセージあるいはコメント(別紙)が寄せられています。
二つの廃プラ施設が計画されたときから11年になります。私たち住民は、当初、二つの廃プラ施設の建設に反対し、平成16年、施設の操業が開始されてからは1000人規模の健康被害の訴えが寄せられ、きれいな空気を取り戻し、健康被害をなくすために力を尽くしてきました。とりわけ、私たちの住民運動は、寝屋川市、大阪府が住民の健康被害について、調査も行わずに否定するという行政の責務を放棄する態度に直面するという困難の中で、7名の弁護士ー村松昭雄、津留崎直美、池田直樹、高橋徹、原正和、岡千尋、望月康平氏による弁護団、そして柳沢幸雄東京大学名誉教授(環境化学)、植田和弘京都大学教授(環境経済学)、津田敏秀岡山大学教授(疫学調査)、頼藤貴志岡山大学准教授(疫学調査)、西川榮一神戸商船大学名誉教授(接地逆転層など気象調査、施設からの化学物質排出量調査)、後藤隆雄・環境計量士(ホルムアルデヒド調査)、真鍋穣医師、原田佳明医師、内田和宏医師、宮田幹夫医師、安達克郎医師による検診など多くの科学者、専門家による熱心な支援を得て、寝屋川廃プラ公害根絶のためにがんばってきました。
当初、公調委の姿勢に期待
仮処分、1審、2審の判決は専門家の意見書をことごとく不採用にし、却下する判決でした。こうした中、私たちは、公調委が杉並病の裁定で「原因物質が特定できなくても原因は特定できる」としたことに注目、公調委に公害の認定を求めて「原因裁定」を73名が申請しました。当初、公調委は、事業者側の「裁判で決着済みだから申請を却下すべし」という主張を退け、化学物質をはじめとする職権調査を実施し、「公害の根絶に向け科学的審査を尽くす」とし、大きな期待を抱かせました。
職権調査にあたり住民の意見を聞き入れず
しかしながら、一昨年、裁定委員3名全員が交代して以降、公調委の姿勢ががらりと変わりました。職権調査にあたり、私たちは公害の実態を明らかにするために必要な調査として「住民が吸っている空気を調査すること」「化学物質調査は24時間平均値だけでなく、高濃度のときの短時間測定も行うこと」「住宅地での接地逆転層発生の調査」などを申し入れましたが、公調委は、「聞き置く」だけで、調査を実施しました。しかしながら、私たちは、公調委が、「追加調査がありうる」としたことを考慮に入れ、ニオイアンケートなど職権調査に協力しました。
職権調査が明らかにした環境汚染の事実
職権調査結果は、私たちが指摘してきたように、?二つの廃プラ施設から通常空気の100倍を超える化学物質=TVOC(揮発性有機化合物)が排出されており、?400種類を超える有害化学物質を測定しました。また、?6日間の調査期間中の連日、接地逆転層が発生したことが確認されました。?住民100名が協力したニオイアンケートでは、53名からニオイを感じた報告が行われました。また、?住宅地での短時間でのTVOC濃度が通常濃度の数十倍に達する測定値が得られています。?とりわけ、健康被害の症状の特徴であるシックハウス症候群の主な原因物質であるホルムアルデヒドが基準値を超えて測定されました。
公調委は原因物質ホルムアルデヒドの追加調査を拒否
しかしながら、公調委は、・TVOCの短時間測定値は簡易測定だから信頼できない・測定された化学物質(VOC類)の3割は未同定(未知)だが、7割が分かっているから安全と判断できる・ホルムアルデヒド測定は、測定器の具合が悪く不採用となどとし、再調査、追加調査を拒否しました。
その結果、公調委の裁定は「特徴的な化学物質は排出されているが、拡散希釈されていると『推認』」し、「住民の住んでいるところには到達していない」と断定しました。
これは、専門家による疫学調査はじめとする科学調査結果や医師の診断結果を道理なく採用しない裁判所の判断を踏襲するものです。
人権を無視する決定的な誤りー疫学調査結果と予防原則を採用せず
結局、公調委の裁定は、宮本憲一先生が指摘されているように、岡山大学・津田教授による疫学調査結果を否定し、健康被害に苦しむ住民の人権を否定するものです。
こうした公調委の判断は「原因が明確にならなくても、公害の被害がある、あるいは起こりえると判断されれば、事業を再検討する」という国連の世界環境会議で宣言された予防原則を無視するものです。
私たちは、廃プラ施設からのニオイ=異臭が漂い、健康被害があるかぎり、きれいな空気を取り戻し健康を守る住民運動をつづける決意をあらためて固めています。そのために、今後、
?健康の訴えについて、話を聞くとしている寝屋川市・健康増進課に、症状を訴えていきます。市は「元気都市寝屋川をつくる」(馬場市長)としているように、市民の健康を守る責任があります。市が行政責任を果たすように運動を強めます。健康の訴えは大阪府保健所などにも行っていきます。
? 10月から真鍋穣医師による「ハイプラ外来」診察が、小松病院で始まりました。現在、診察は月1回ですが、受診された方から「これまで、何軒もの医者に診てもらったが、治らず困っていた。話をよく聞いていただいただけでも安心」との声が寄せられています。医師による、定期的な診察を実施し、健康快復の取り組みを強めます。
?廃プラ(ペットボトルを除く)は、環境省が廃プラの熱利用(サーマルリサイクル)として認めているごみ発電(寝屋川市、交野市・四條畷市が新しく建設する清掃工場で予定)に使うことを求める市民運動を、多くの市民、市民団体とともにすすめます。
◎ 宮本憲一 (大阪市大名誉教授)
公調委の裁定は『守る会』の「要点とコメント」のように疫学による調査の認識に誤りがあると思います。何よりも住民の健康と生活環境を守るという基本的な立場に欠けていることが、このような裁定を生んだのでしょう。
◎ 村松昭夫(弁護士) メッセージ 1月18日 廃プラ報告会にて
今回の公調委の裁定が、申立人らの病気について、その原因を廃プラ施設からの有害化学物質と認めなかったことは誠に残念であり、十分な調査を尽くさないままこのような裁定を出したこと自体、不当な判断です。
しかし、公調委での審理や専門委員会の調査によって、本件地域の地形的、気象的な特徴や、それによって接地逆転層が頻繁に発生していること、さらに、廃プラ施設から有害化学物質が発生していることが新たに確認されました。これ自体は、従来、相手方や行政が認めてこなかった事柄であり、それが確認されたことは重要な成果と思います。そうであれば、公調委には、本来、追加調査の実施などもっと慎重な審理が求められていたはずです。それらを行わないままでの裁定は不十分の誹りを免れません。健康にかかわることですから、調査費用の不足などの財政的な事柄は理由となりません。とりわけ、当初、公調委も必要であるとして実施したホルムアルデヒドの調査について、追加調査を行わなかった点は問題です。
廃プラ施設ができた後、健康被害が発生し、それが今なお続いているという事実が厳然とある以上、因果関係の究明は今後も必要ですし、何よりも廃プラ施設の稼働中止が求められています。
イコール社の建設問題が持ち上がってから、建設審査会、仮処分申請、差し止め裁判、その控訴審、そして、公調委と、フルコースの取り組みを執念を持って地道に取り組まれてきた住民の皆さんの活動は、全国的にも希だと思います。力不足でしたが、私自身も皆さんと共に取り組むことができて大変勉強になりました。
法的取り組みの結果は、誠に残念でしたが、住民の皆さんの引き続く多様な取り組みに期待しております。本当に御苦労様でした。
◎ 西川榮一(神戸商船大学名誉教授)
困難な中、自らさまざまな調査や運動を粘り強く続けられてきたことに敬意を表します。この間の経過をたどってみて、二、三感じたことを述べます。
1つは、本件で最大の、そして最も根本的な問題は、寝屋川市当局が、住民の皆さん方からの悪臭、健康障害の訴えを認めようとしなかったことです。一人や二人ではなく、何十人何百人もの人が訴えていること、そしてその被害を訴えている人々の居住域が特徴ある分布をしていることをみれば、見過ごせない現象と受けとめるべきだったでしょう。自治体行政の最も基本的な業務は、住民の健康を守り、住民が安心して暮らせる環境の保全に努めることにあります。そうであれば、まずは訴えの実態を調べるべきだったでしょう。しかし市はそうはしませんでした。この市の対応が、その後何年にもわたって、住民の皆さんを健康障害で苦しめるだけでなく、調査、訴訟など多大の労力を費やさせる事態を招来することになったわけで、寝屋川廃プラ問題は自治体行政の有りようを鋭く問う事件だと思います。
2つは、4市組合施設は排気中の化学物質濃度を測定していますが、そのデータを調べると
*排気には高濃度の化学物質が含まれており、その量は施設の操業状態と密接に関係していること、
*このことから、廃プラは、集めて放置するだけでも化学物質を放出し、動かしたり圧縮したりすると放出量は増えること、
*廃プラを破砕したり、加熱したりする隣接の施設では、もっと多くの化学物質が放出されている可能性があることなどがわかりました。
これら事実は市当局も当然知りえたはずです。この時が、市当局にとって、この廃プラ問題をまともな解決の方向に導く第2のチャンスだったといえます。活性炭装置で浄化した後の排気でさえも高濃度だったのですから、これは影響あるかもしれない、改めて、被害の有無を調べる必要がある、と考えて当然のデータだったと思います。しかし対応は逆で、市はこのチャンスもつかむことができませんでした。
3つは、西川が関わった分野は
*廃プラ施設から化学物質を含んだ排気が放出されているのか(排気の調査)
*その排気が被害住民の居住域に届いているのか(現地の局地気象の特徴の調査)
という点でした。住民の皆さんと調べた結果は、その可能性を明らかにするものでした。そしてそれは公調委調査によっても概ね裏付けられる結果だったと思っています。
4つは、未知物質が多数含まれる化学物質汚染を正しく計測するのはなかなか難しいということです。これは財力も専門的知識も持たない住民の皆さんにはもとより、専門家でも容易でないことを公調委調査で知りました。
5つは、以上のような4つの感想をまとめて思う全体感想は以下です。
このような場合、多くの公害問題がそうであったように、被害実態を明らかにし、まずその被害をなくす対策を実施し、一方で原因の解明を目指す調査を進めるという方法で臨むべきでしょう。そうだとすれば、市当局は、この状況を正面から受け止め、今度こそ住民の皆さんと共同で被害解消の方策を工夫し、その実施を急ぐべきではないかと思います。市にとって、自治体本来の責務に立ち戻る、3度目のチャンスといえましょう。